日々のちょっとした困りごとから、人生の最期まで――。
神奈川県大磯町で、町の人たちに寄り添い続ける住職がいます。
その人物が、東光院の住職を務める大澤さんです。
寺の仕事だけにとどまらず、子どもから高齢者までが
集まれる「町のたまり場」を作り、介護や一人暮らしの
相談にも耳を傾けています。
さらに、人生の最期を迎えた人については、
ご遺体の搬送から手当て、死に化粧、遺影作り、
葬儀まで、自ら関わるという型破りな活動も行っています。
今回は、そんな大澤さんが地域の人たちと
どのように関わっているのか、そして画家・兼弘さんとの
交流を通して見えてくる「その人らしく生きること」
について紹介します。
1,大澤は何者?
大澤さんとは?大磯町・東光院の住職
大澤さんは、神奈川県大磯町にある東光院の住職です。
一般的に「住職」と聞くと、法要や葬儀など、
寺院の仕事を思い浮かべる人も多いでしょう。
しかし、大澤さんの活動は寺の中だけにとどまりません。
大磯町で暮らす人たちの生活に入り込み、
困ったことがあれば相談に乗る。
高齢者の介護や一人暮らしについても、
一人ひとりと向き合っています。
その姿は、昔ながらの「地域のお寺」の
役割を現代に合わせて実践しているようにも見えます。
子どもや大人が一緒に食卓を囲める場所を作るなど、
世代を超えて人が集まれる環境づくりにも取り組んでいます。
「困ったときに誰に相談したらいいのか分からない」
という人にとって、大澤さんのような存在は
大きな支えになっているのではないでしょうか。
子どもから高齢者まで集まる「町のたまり場」
大澤さんが作ったのは、子どもも大人も同じ食卓を
囲むことのできる「町のたまり場」です。
地域では、近所付き合いが以前より
希薄になったと感じる人も少なくありません。
特に一人暮らしの高齢者にとっては、誰かと話をしたり、
一緒に食事をしたりする機会が減ってしまうこともあります。
そんな中で、年齢や立場に関係なく人が集まり、
食事をしながら会話できる場所があることには大きな意味があります。
大澤さんは、単に場所を提供するだけではなく、
そこに集まる人たちの暮らしそのものに目を向けています。
「何か困っていることはないか」「一人で抱え込んでいないか」。
そんな距離感で町の人たちと接しているからこそ、
介護や生活の相談も自然と集まってくるのでしょう。
2,大澤は大磯町・東光院の住職
葬儀会社に頼らず最期まで寄り添う理由
大澤さんの活動の中でも特に特徴的なのが、
人生の最期を迎えた人への向き合い方です。
大澤さんと、もう一人の男性は、
葬儀会社にすべてを任せるのではなく、
ご遺体の搬送から手当て、死に化粧、
遺影作り、葬儀まで自ら行います。
そのため、復元納棺師のもとで技術を学び、
最期の時間に必要な知識や技術を身につけました。
なぜそこまでして自分たちで行うのでしょうか。
その背景にあるのは、「生前から知っている人だからこそ、
その人らしい姿で見送りたい」という思いです。
亡くなってから初めて出会うのではなく、
生きている間からその人と関わり続ける。
だからこそ、家族だけでは気づきにくい本人らしさを知り、
それを最期の見送りにもつなげることができます。
これは、単なる葬儀ではなく、その人の人生を
最後まで見届ける活動とも言えそうです。
画家・兼弘さんの「家に帰りたい」という願い
大澤さんたちが通う家の一つが、
画家の兼弘さんの自宅です。
兼弘さんは88歳。6年前に妻を亡くし、
娘はイギリスで暮らしています。
4年前には施設に入りましたが、兼弘さんには
「自由に暮らしたい」「大好きなたばこを吸いたい」
「家に帰りたい」という強い思いがありました。
そこで大澤さんたちは、その願いをかなえるために動きます。
自宅で生活できるように、髪を切ったり、食事を整えたり、
手すりや見守りカメラを設置したり。
生活に必要な環境を
一つひとつ整えていきました。
時には一緒にたばこを吸い、同じ食卓を囲む。
一見すると、特別なことではないように感じる時間です。
しかし、こうした「何でもない時間」こそ、
本人にとっては自分らしく生きていると
実感できる大切な時間なのかもしれません。
転倒をきっかけに再び施設へ
しかし、自宅での生活は
順調なことばかりではありませんでした。
ある日、兼弘さんが自宅で転倒し、
歩くことが難しくなってしまいます。
結果として、再び施設で暮らすことになりました。
大澤さんたちは、兼弘さんの「家に帰りたい」
という願いをかなえたからといって、
そこで関わりを終えるわけではありません。
施設に戻った後も、変わらず兼弘さんを気にかけます。
そして、遠くイギリスで暮らす娘に
「今のうちに会いに来てほしい」と伝えます。
それもまた、地域の人に寄り添う
大澤さんたちの重要な役割なのでしょう。
人生の最期が近づいているかもしれないとき、
家族に伝えるべきことを伝える。
3,大澤が地域の人々に寄り添い続ける理由
大澤さんが大切にしている「その人らしく生きること」
大澤さんの活動を見ていると、
「住職」という肩書だけでは表現できない
存在であることが分かります。
食事を一緒にする。
髪を切る。
介護について相談に乗る。
自宅で暮らすための環境を整える。
そして、人生の最期には、
その人らしい姿で送り出す。
どれも華やかな活動ではありません。
むしろ、一つひとつは非常に地道です。
しかし、本人が「こう生きたい」と望んだとき、
その気持ちを簡単に否定せず、
どうすれば実現できるのかを一緒に考える。
大澤さんたちが大切にしているのは、
まさにそこなのではないでしょうか。
高齢化や一人暮らしが増える現代において、
医療や介護だけでは支えきれない
「暮らし」の部分を誰が支えるのか
という問題があります。
大澤さんの活動は、その答えの一つを
示しているようにも感じられます。
4,おわりに
神奈川県大磯町の東光院で住職を務める大澤さんは、
寺の仕事だけではなく、地域の人々の暮らしに
深く関わっています。
子どもも大人も集まる「町のたまり場」を作り、
介護や一人暮らしの相談にも対応。
そして人生の最期には、葬儀だけでなく、
ご遺体の搬送や手当て、死に化粧、
遺影作りまで自ら行います。
画家の兼弘さんとの交流では、「家に帰りたい」
「自由に暮らしたい」という本人の願いを支えました。
たとえ思い通りにならない出来事が起きても、
そこで関係を終わらせない。
何でもない日も、困ったときも、人生の最期も――。
大澤さんたちが町の人々に寄り添う姿からは、
「その人がどう生きたいのか」を最後まで
大切にすることの意味が伝わってきます。

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